東京地方裁判所 昭和45年(ワ)12294号 判決 1971年12月21日
原告
水戸光子
右代理人
水嶋晃
被告
大門屋物産株式会社
右代表者
中田光一郎
右代理人
関根俊太郎
同
二宮充子
主文
被告は原告に対し金一一〇万七三三四円およびこれに対する昭和四四年八月一〇日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一 当事者双方の求めた裁判
一(原告)
(一) 被告は原告に対し金一六〇万六二一〇円およびこれに対する昭和四四年八月一〇日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および仮執行の宣言。
二(被告)
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決および原告勝訴の場合仮執行免脱の宣言。
第二 請求の原因
原告は、次の交通事故により傷害を受けた。
(一) 発生時 昭和四四年八月九日午後六時四〇分頃
(二) 発生地 熊谷市村岡七〇六先路上
(三) 加害車 普通貨物自動車(群一な一一七〇号)
運転者 訴外尾崎梅夫
(四) 被害車 普通乗用自動車(品三せ三八一九号)
運転者 訴外柳原正明
被害者 原告(同乗中)
(五) 追突(加害車が被害車に追突したもの。)
(六) 原告は、本件交通事故により、第二、三および第五、六頸椎関節陳旧捻挫の傷害を負い、昭和四六年二月まで虎の門病院と永野接骨院で加療を受けた。
(七) 右治療にも拘らず、原告には局部に神経症状を残し、これは自賠法施行令別表等級の一四級九号に相当する。
二、(責任原因)
被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法三条により、原告が本件事故により蒙つた損害を賠償する責任がある。
三、(損害)
(一) 治療関係
原告は、前記のような治療に伴ない、次のような出捐を余儀なくされた。
1 治療費(虎の門病院分)
金七八〇〇円
2 治療費(永野接骨院分)
金一二万五六〇〇円
3 通院交通費(タクシー利用)
金二三万〇八一〇円
(二) 家事手伝雇料
原告は夫および子供と共に同居し家庭の家事にもあたつていたところ、本件受傷のため、家事に従事することができず、そのため家政婦の雇入を余儀なくされ、金二〇万七〇〇〇円の支出をせざるを得なくなつた。
(三) 休業損害
原告は、本件事故当時、訴外東邦管理事務所に所長秘書兼経理として勤め、月金三万五〇〇〇円を得ていたが、昭和四五年一月三一日まで休業を余儀なくされ、金二七万五〇〇〇円の損害を蒙つた。
(四) 慰藉料
前記諸事情によると、原告の精神的損害を慰藉するためには金七一万円が相当である。
(五) 弁護士費用
以上のとおり、原告は、被告に対し金一五五万六二一〇円の支払いを求め得るところ、被告は任意の支払いに応じなかつたので、原告は本件原告代理人に訴訟提起を委任し、弁護士費用として金五万円を支払つた。
四(結論)
よつて、原告は被告に対し、金一六〇万六二一〇円およびこれに対する事故発生の日以後の日である昭和四四年八月一〇日以降支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三 被告の請求原因事実に対する認否
第一項(一)ないし(五)の事実は認めるが、(六)、(七)の事実は不知。他の同業者には傷害なかつたのであるから、原告の症状は心因性にのみ基因していると思われる。
第二項の事実は認める。
第三項の事実は不知。接骨院に通院することの必要性、通院にタクシー利用の必要性、家事手伝の必要性はなかつた。
第四 証拠関係<略>
理由
一(事故の発生および責任原因)
原告主張の請求原因事実第一項(一)ないし(五)の事実および第二項の事実は当事者間に争いがない。これによれば、被告は加害車の運行供用者として、この交通事故により原告に生じた損害のうち、相当因果関係にあるか、あるいは被告において特に予見し得るものといえる範囲の損害を、自賠法三条によつて、賠償しなければならない。
二(損害)
(一) (事故と傷害の関係)
そこで、まず、原告が本件事故により、いかなる傷害を受け、その回復のため、いかなる治療を必要としたかについて検討するに、<証拠>によれば、次の事実が認められる。
1 原告は昭和四四年八月一一日以降、頸椎捻挫との病名の下に、東京都港区赤坂葵町所在の虎の門病院に通院して加療を受けたこと。昭和四六年一〇月一九日当時も加療中であつたこと。初診時の原告診察の結果では、頸椎可動域の制限はないが、伸展に際し項痛および右僧帽筋に放散する疼痛があり、レントゲン検査によつても、頸椎の生理的彎曲が消失し、かえつて第五、六頸椎間では後方凸の異常彎曲を示していたこと。以後昭和四五年一月二八日までの間、同病院に通院したのは一六回であつたが、その間一八二日分の内服薬の投与を受けたこと。その間、原告は、時々出現する頭痛、手指の振せん、胸内苦悶感、各所に発生する鈍痛、緊張時の嘔気に悩まされ救急車で同病院に運ばれたこともあり、同病院への通院ないし後記する永野接骨院への通院のほかは、仕事にも、家事にも従事せず、寝たり起きたりの毎日であつたこと。
2 原告は、投薬された内服薬では副作用が強かつたため、担当医師の了解を得て、マッサージを受けるべく、昭和四四年一一月一四日から、港区芝宮本町所在の永野接骨院に通院するにいたつたこと。同接骨院への通院回数は、昭和四五年一月三一日までに五五回であつたこと。
3 昭和四五年一月末当時、原告の前記したような頸椎の異常彎曲は消失したが、項痛、嘔気、手指の振せんは依然残つており、なおその頃から嗄声が出現するようになつたこと。
4 原告は昭和四五年一月二八日から昭和四六年二月一〇日までの間に、一五回虎の門病院に通院し、三三六日分の内服薬の投与を受けたこと。また、原告の昭和四五年二月一日から同年一二月二五日までの間の永野接骨院の通院回数は一〇九回であつたこと。
5 原告は昭和四六年二月一日現在でも、嘔気、項痛は失くなつたものの、時には、胸内苦悶感と軽度の手指の振せんが残つたほか、嗄声は続いていたこと。原告は、同日現在で、症状固定したものと診断され、自賠法施行令二条別表等級の一四級に該当するものと虎の門病院において診断されたこと。なお、原告は、その後も、昭和四六年五月まで永野接骨院でのマッサージを受け、また虎の門病院の方も昭和四六年一〇月一九日現在でも通院中であり、依然嗄声は消失しないので残つていること。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(二) (治療関係費)
1 治療費金一二万七一三五円
<証拠>によれば、原告は右虎の門病院の治療に際しては、政府管掌の健康保険を利用し、同保険から療養給付を受けたが(昭和四六年二月一〇日までのその合計額は金九万五八六八円である。)そのほか自らも昭和四五年二月二日金三九〇〇円、昭和四六年二月二二日金三五〇〇円の支出を余儀なくされたこと、また同人は昭和四五年一二月二五日までの永野接骨院の診療のため、昭和四五年一月三一日金四万五四〇〇円、同年七月三一日金四万九〇〇〇円、同年一二月二五日金三万一二〇〇円の各支出を余儀なくされたことが認められ、これに反する証拠はない。これは本件事故と相当因果関係にある損害であるが、原告が昭和四四年八月一〇日からの遅延損害金を求めているので、同月九日の現価を計算すると、別紙計算書のとおり、金一二万七一三五円となる。
2 通院交通費
原告本人尋問の結果および<証拠>によれば、原告は昭和四五年一二月二五日までの前記通院に際しては、いずれも肩書地からタクシーを利用し、昭和四五年一月三一日までに金七万一六一〇円(永野分金四万八一六〇円、虎の門分金二年三四五〇円)、その後同年七月三〇日までに金九万八八二〇円(永野分金七万八八八〇円、虎の門分金一万九九四〇円)その後同年一二月二五日までに金五万八七四〇円(永野分金四万七六四〇円、虎の門分金一万一一〇〇円)を、それぞれ支出したことが認められ、これに反する証拠はない。
しかし、前認定の治療経過、原告の病状および当裁判所に顕著であるところの、原告の住居と虎の門病院および永野接骨院との距離関係、その間の他の交通機関の存在等に鑑みると、原告のタクシ―利用による通院の、昭和四五年一月末までの分については、本件事故と相当因果関係にあるものと認めるのが相当であとが、同年二月以降の分は相当因果関係にあるものとは認め難く、通常の交通機関利用の限度に限つて認めるのが相当である。ところで、証人水戸岩雄の証言によれば、被告は、昭和四四年一〇月下旬頃、通院に利用したタクシー代を被告の方で負担する旨確約していたことが認められ、これに反する証拠はないから、相当因果関係にないタクシー利用分も、被告の予見し得た範囲にあるものは、被告において負担すべきである。そこで、被告の予見範囲について見るに、原告のその当時の症状、治療状況および原告がまた永野接骨院には通院していなかつた事情に鑑みると、原告が、なお当分の間虎の門病院に通院することは被告は予見し得たはずであるから、虎の門への通院に要したタクシー代金は被告において負担すべきであるが、永野接骨院の通院分に関しては、予見し得たとは、にわかには認め難い。
そして、前認定の通院回数および当裁判所に顕著であるところの、原告の住居の最寄の駅である東横線都立大学から永野接骨院の最寄の駅である山手線浜松町の間の電車賃が金九〇円であることに鑑み、さらに前記のとおりその昭和四四年八月九日当時の現価を算出すると、別紙計算書のとおり、金一一万七七六九円となる。
(三) (休業損害)
<証拠>によれば、原告は事故当時、夫岩雄が営み、三二軒の貸店舗と一〇軒のアパートの管理を行なう東邦管理事務所の経理事務所の経理等を担当し(他に従業員一名があること)同事務所から、月額金三万二四五〇円(所得税控除後)の支給を受けていたこと、同人は、右事務所に勤めるかたわら、夫および長男と同居し、家事に従事していたこと(当時、原告宅にはお手伝さんはいなかつたこと)そのため、原告の勤務状況は都合に応じ出勤すればよい余裕のあるものであつたこと、しかし、事故による受傷のため、原告は、仕事および家事に従事することができず、昭和四五年一月三一日までの給与および昭和四四年一二月に受けられるはずであつた賞与金八万円のうち金六万五〇〇〇円の支給を受けることができず、また訴外岩田真理に昭和四四年八月中一八日、九月中二四日、訴外赤塚花子に同年一〇月中二六日、一一月二〇日、訴外池田良子に同年一二月中二七日、昭和四五年一月中二三日、いずれも一日金一五〇〇円の割合で、家事手伝を依頼し、結局計金二〇万七〇〇〇円の支出を余儀なくされたことが認められ、これに反する証拠はない。
ところで、家庭の主婦が、家事に従事しながら、他に職を得て働いている場合には、同人の休業損害算定にあたつては、同人の給与損のほか主婦としての損害も認めるべきである。そうでないと、家事に従事する主婦が他に働きに出るときは、家事に従事していない婦人労働者に比較して、時間等で制約を受け、その受ける給与も低いことが容易に推測されるからである。しかし、そのような場合、主婦の分の逸失利益は、通常の主婦の逸失利益に比して低く評価されねば均衡を失することとなる。そこで、原告の場合、前認定の原告の治療経過、症状、従来の東邦管理事務所における勤務状況および家事従事状況、ならびに訴外岩田らへの支払額に照らして考えると、一日当り、金五〇〇円に限つて認めるのが相当である。
してみると、原告の休業損害は一月当り金四万七四五〇円であり、前認定の原告の治療経過および症状に鑑みると、同人の昭和四四年八月一一日から昭和四五年一月三一日までの休業も本件事故と相当因果関係にあるものと認められるから、右期間の原告の休業損害の昭和四四年八月九日の現価は、別紙計算書のとおり、金二六万五三七五円となる。
原告は、家事手伝雇料金額の支払いを求めているが、一日金五〇〇円の割合による金額を超える部分は本件事故と相当因果関係にあるものとは認め難い。
(四) (慰藉料)
前記認定の治療経過、病状および後遺症状、とくに原告は昭和四六年一〇月に至るも嗄声が消失せず、それが女性にとつて絶え難い苦痛を与えたと推認されること、また後記するように、被告が本件事故による損害に関し、原告に何らの弁済もしていないこと等諸般の事情を検討すると、原告が本件事故によつて蒙つた精神的損害は金五五万円をもつて慰藉するのが相当である。
(五) (弁護士費用)
以上のとおり、原告は金一〇六万〇二七九円の損害金の支払いを被告に求め得るところ、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、被告はその任意の支払を何らなさなかつたので、原告はやむなく弁護士である原告訴訟代理人に昭和四五年一一月上旬頃その取立を委任し、弁護士会所定の報酬の範囲内で金五万円を着手金として支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、右金員は本件事故と相当因果関係にあるものと認められる。そこで右金員の昭和四四年八月九日の現価を算出すると、次のとおり、金四万七〇五五円となる。
50,000×0.9411=47,055
(なお)
三(結論)
そうすると、原告は金一一〇万七三三四円およびこれに対する事故発生の翌日である昭和四四年八月一〇日以降支払い済みに至るまで、民法所定遅延損害金の支払いを求め得るので、原告の本訴請求を右限度で認容し、その余は理由なく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用、仮執行免脱の宣言の申立は相当でないから、これを却下することとし、主文のとおり判決する。(田中康久)